日本でお米が主食になったのはいつ?

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奈良時代になると、白米は一般的な主食となりました。 そのことを示す木簡が都跡から出土しています。 ただし、これは貴族の間のみのことで、玄米をついて精白した「白米(しらげのよね)」というお米は、身分の高い人の間だけで食べられていました。


日本でお米が主食になったのはなぜ?

日本で米が主食になった理由は、稲が日本の気候によく合い、たくさんとれたからです。 大昔に、東南アジアで生まれた稲は、人がタネを持って移動し、世界各地でたくさんの種類が増えていったのです。 東南アジアのほか、インド、中国に文明が栄えたのは、こうした多くの種類の稲が、多数の人間の食生活をささえてくれたからです。

お米はいつ主食になったのか?

米は縄文時代後期から栽培されはじめ、弥生時代には一部の地域で主食としての地位を築き奈良 時代には常食とされるようになっていました。 そのことを示す木簡(木片に墨で書かれた荷札や役所間の請求書)が都跡から出土しています。 玄米をついて精白 し、白米と書き「しらげのよね」と呼びました。

日本でお米が作られるようになったのはいつ?

日本の原始米は、おそらく赤米だったと考えられます。 赤長米(つまり福建米)が日本で栽培された時期は、約3,000年ほど昔の縄文(じょうもん)時代でした。 少なくとも、今の福井県で栽培されていたことまではわかっています。

日本人が白米を食べ始めたのはいつ?

「白米」が食べられるようになったのは奈良時代。 ただし、食べられたのは特権階級の人達だけ。 稲作自体は縄文時代の終わり頃から始まっていましたが、「もみがら」と、「米ヌカ」を取り除いた「精製米」が食べられるようになった形跡が確認できるのは弥生時代の次の大和朝廷の時代となります。

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