カステラの伝来 カステラが長崎にポルトガル人によって伝えられたのは,16世紀後半の織田信長,豊臣秀吉の安土桃山時代の頃であった。 日本とポルトガルとの交流のはじまりは,種子島にポルトガル人が漂着し鉄砲が伝来した天文12年(1543年)で、約460年前に遡る(日本史料)。
カステラはどこの国から来たの?
現代でも日本中に有名な長崎の銘菓カステラは、この頃に日本へ伝わったと言われています。 当時カステラはスペインに古くから栄えたカスティラという王国のパンとして長崎の人々に紹介されましたが、やがてその由来となる名前だけを残し、長崎で作り続けられていったのです。
長崎カステラどこから来た?
長崎は16世紀に港を開き、ポルトガルとの貿易を始めました。 その頃、ポルトガルから伝来した「カスティーリャ王国(今のスペインにあった当時の王国)のお菓子」が、カステラのルーツと言われており、カステラの語源もこのカスティーリャ王国に由来していると伝えられています。
カステラ どうやって伝わった?
日本におけるカステラ 当時、南蛮船で渡来したポルトガル人によって鉄砲やキリスト教とともにカステラが日本に伝わった。 当時カステラはスペインに古くから栄えたカスティラという王国のパンとして長崎の人々に紹介されたが、やがてその由来となる名前だけを残し、長崎で作り続けられていく事となる。
カステラが日本に伝わったのはいつ?
江戸時代には1644年に名古屋で、1681年に京都でカステラに関する記録が残されている。 江戸中期には既に江戸城でもカステラが日本の菓子として勅使の接待などで提供されていた。 カステラを焼くための炭釜の改良が進められ、江戸時代中期には現在の長崎カステラの原型に近いものが作られている。
