日本では古代には朝夕の2食であり、鎌倉時代の初めごろ、朝廷、貴族の間で3食となり、江戸時代に3食が一般化した。 その移行の途中では朝夕の間に間食をとることが行われ、中食(ちゅうじき)、点心(てんしん)、勤随(ごんずい)、非食(ひじき)などと階層によって異なってよばれた。 中国の農家では2食が普通とされる。
1日2食の歴史は?
文献を紐解くと、1日2食の習慣は貴族社会に遡る。 平安時代中期以降、武士の間では朝食と夕食の間に間食をとり1日3食で過ごす者も現れるが、江戸幕府が誕生するまでは朝廷を重んじる傾向が根強く残り、「二食は優雅、三食は野卑」とされていたようだ。 また、庶民が3食とるきっかけは江戸時代の明暦の大火(1657年)という説もある。
1日3食の歴史は?
日本で朝昼晩と3食取る習慣が広まり始めたのは、江戸時代後半といわれている。 それまでは力仕事をする人などを除き、2食が一般的だった。 それが菜種油などを使った明かりの普及や娯楽の広がりなどで1日の活動時間が延び、次第に3食取るようになった。 明治期以降は、人々が時計に合わせて生活するようになり、3食が定着した。
日本人はいつから3食?
現代では、基本的に1日3食が当たり前ですが、これが定着したのは江戸時代・元禄期(1688~1704年)以降のこと。
平安時代 1日何食?
平安時代も、1日2食が一般的。 工人や農民は奈良時代と同様に間食を摂っていましたが、1日3食が定着し、習慣化するのは江戸時代に入ってからです。
