1971年、政府は一転して、生産調整を始めます。 米ができすぎて農家から米を買い上げるためのお金も足りなくなっていたのです。 戦後の食糧難の時代を経て、干拓事業など食糧の増産に力が注がれました。 その結果、増産の努力が実って収穫量が飛躍的に伸び、米が余るようになります。
なぜお米が余るのか?
米の消費量の減少と生産技術の向上等により、需要と供給のバランスが崩れたことで、米余り現象が発生してきました。 そのため、農家では一定の田んぼで米づくりを休んで、大豆や野菜を作付しています。 生産調整による転作です。 米の消費量は60年代は国民1人当り年間約120kgでしたが、近年は約62㎏くらいになっています。
米の消費量が減り 米が余るようになったために米を作る田を減らして米以外の作物を作ることを何と言いますか?
米の生産調整「減反」 | NHK for School. 米があまるようになったため、田んぼを畑に変えてほかの作物をつくったり、稲(いね)が実る前にかり取ったりした国の政策(せいさく)、「減反(げんたん)」について知ろう。
なぜ減反政策は廃止されたのか?
なぜいま減反を廃止するのか 減反をめぐっては、政策に従えば補助金が入り生活が安定する一方、自由な発想に基づくコメの生産が妨げられ、市場での競争力が付かないことが指摘されてきました。 このため政府は2013年(平成25年)に、半世紀近く続いてきた減反を2018年(平成30年)から廃止することを決定したのです。
減反政策 どうなった?
1970年から2017年まで、およそ50年近くにわたり実施された「減反政策」が、2018年度に廃止された。 米の生産量抑制のために実施され、農業関係者にとって当たり前の存在になりつつあった減反政策。 廃止されて1年経過した今、各地域で少しずつ変化も見られる。
