開拓使(かいたくし)は、北方開拓のために明治2年(1869年)7月8日から明治15年(1882年)2月8日まで置かれた日本の官庁である。
屯田兵 何年?
屯田兵(とんでんへい)は、明治時代に北海道の警備と開拓にあたった兵士とその部隊である。 1874年(明治7年)に制度が設けられ、翌年から実施、1904年(明治37年)に廃止された。
開拓使の廃止 いつ?
明治15(1882)年2月、開拓使が廃止となり、札幌・函館・根室の三県が置かれます。 翌年には農商務省の北海道事業管理局が置かれ、北海道の行政を担いました。 明治19(1886)年1月、政府は三県一局を廃止し、北海道庁を設置しました。
開拓使の設置いつ?
北海道の開拓は維新後の最重要課題 1869年 (明治2年)、太政官布告により「蝦夷地」を「北海道」と呼ぶことが決まり、開拓使を設置しました。 150年以上におよぶ「北海道」の始まりです。 当時の日本は開国したばかりで、欧米の大国に対抗するため、産業を育成し、軍事力を強化するという「富国強兵」が政策の柱でした。
蝦夷地 いつから?
北海道は、かつて蝦夷地(えぞち)と呼ばれ、13世紀頃から本州の江戸時代にかけては先住民アイヌ民族独特の文化の時代が続いた。 明治2年(1869)、箱館戦争が終わると新政府は蝦夷地を北海道と改名し、開拓使を設置。
