明治元年2月9日(1868年3月2日)、諸藩の宮門警衛に際して、旗・幕・提灯等に菊花紋章を使用するよう布達された。 その後、「十六葉八重表菊」が公式に皇室の紋とされたのは、明治2年8月25日(1869年9月30日)の太政官布告第802号である。
天皇家 家紋 いつから?
天皇家の家紋に菊が使われるようになったのは、後鳥羽上皇の菊好きに由来します。 平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて即位していた82代天皇の後鳥羽上皇は、大の菊好きでした。 衣服、刀などのあらゆる品に、菊紋章をつけていたといいます。
菊いつから?
菊は8~9世紀ごろ中国より日本に伝えられたされています。 当初は宮中をはじめとする一部の階級層の間で観賞用の花とともに薬用として用いられていました。 桃山時代になり、白色の花だけの菊に黄色や桃色と言った新しい色が生まれてきました。
天皇家の菊の御紋は何枚?
天皇家の菊花紋の花弁について、なぜ16枚で八重になっているのかを知りたい。 菊花紋が皇室の紋章として用いられたのは、鎌倉時代初期、とりわけ菊を好んだとされる後鳥羽上皇の頃からといわれています。
皇室のマーク 菊 なぜ?
【天皇家の菊花紋章】 上皇は鍛冶を好んでおり、全国から名工を集めて仕えさせ、常に身近なところで刀を作らせていました。 そして上皇は、時に自ら刀を打つほどに熱心で、自作の刀に菊の銘を付け、「上皇が作ったものである」という証明にしました。 こうした事例が皇室において、菊の紋が使用された始まりとなっています。
