奈良時代から平安時代、当時の東北地方には、まだ朝廷の支配下に入っていない蝦夷(えぞ)と呼ばれる人々が多く残っており、独自の生活や文化を続けていました。 朝廷が東北進出を進める過程で捕虜となった蝦夷は「俘囚(ふしゅう)」と呼ばれ、関東地方にも数多くの俘囚が移住させられたといわれています。
元慶の乱いつ?
元慶2(878)年、秋田城司良岑近(よしみねのちかし)の苛政に対し北秋田・米代川流域の俘囚(ふしゅう・帰順した蝦夷)が蜂起した。 反乱勢力は秋田城などを襲い、秋田川(雄物川)以北の独立を要求した。
801年にだれが蝦夷地(えぞち)を平定(へいてい)しましたか。?
延暦20年(801年)には征夷大将軍坂上田村麻呂が遠征し勝利した。
蝦夷平定 いつ?
しかし、797年(延暦16年)に田村麻呂が征夷大将軍に任じられると、801年(延暦20年)、ついに蝦夷征討に成功するのです。
蝦夷の由来は?
えみし【蝦夷】 〘名〙 上代、東部日本に住み、中央政府に服さなかった部族。 「人」の意のアイヌ語 emchiu enchu に由来する語で、アイヌをさすとする説と、特定の異種族ではなく中央政府に服さなかった東部日本の住民全体をさすとする説がある。 えみす。
