生まれは中国南部の山岳地帯 イネは、中国南部の雲南(うんなん)~ラオス、タイ、ビルマ周辺に広がる山岳地帯で生まれたとされています。 そこから北の方に広がっていったのが、寒さにつよいジャポニカという種類(しゅるい)のイネです。 中国などの温帯での栽培(さいばい)にむくイネです。
稲はどこから来たのか?
米=稲は本来日本列島には自生していない熱帯性植物です。 稲作の起源は、インドのアッサム地方から中国の雲南省にかけての山間との説が有力で、中国の長江(揚子江)中流の遺跡から約6500年前の水田跡や灌漑設備が発見されています。 日本に稲作が伝わったのは縄文時代の終期です。
浮稲 どこ?
浮稲とは、水深が深い場所での生育に適した品種の稲のこと。 カンボジアの雨季には、国土をラオスからベトナムへと南北につなぐメコン川をはじめとする各地の河川や、国の中心に大きく広がるトンレサップ湖が、数メートル単位でダイナミックに水位を変える。
米 誰が作った?
最初に生まれた場所は、まだはっきりとは分からないんだけど、今から6000年前、インドのアッサム地方の人たちが、稲の栽培(さいばい)を始めたのが最初だと考えられている。 それが、西南アジア、西アジア、アフリカと広まって、中国に伝わったのが5000年程(ほど)前。
お米は、どんなところで育つ?
平均気温25度前後が適しているといわれています。 また、昼と夜の気温差が大きいと甘みのある美味しいお米が育ちます。 広い平地では大型機械を使える四角い田んぼを作りやすくなります。 また雪の多い地域では、雪解け水が豊富にあるため、水不足になりにくくなります。
なぜ日本型の稲は伝わったのですか?
けれどもこの日本型の稲も日本が原産地ではなく、やはり外国から伝わってきたものです。 稲の原産地は細かいことはわかっていませんが大体中国南部から東南アジア、インドにかけての地域のどこかであろうと考えられています。 稲がどうのようにして伝わったか、その道筋については3つの説があります。
観賞用稲はどのように収穫するのですか?
観賞用稲は米を収穫することが目的ではなく、鮮やかに染まった葉や穂を鑑賞して楽しむためのイネである。 切り花やドライフラワーなどに適している。 また、近年では青森県 田舎館村 などで取り組まれている 田んぼアート にも用いられている。
日本の稲は細かく分けられていますか?
今、日本で作られている稲は細かくわけると多くの種類がありますが大きく分けるとどれも日本型という仲間に入ります。 弥生時代に作られていたものも、ほとんどがこの日本型と言われる稲の仲間でした。 米粒がわりあい丸みを帯びた形をしていてインド型と呼ばれる細長い形をしたものとは違っています。 けれどもこの日本型の稲も日本が原産地ではなく、やはり外国から伝わってきたものです。 稲の原産地は細かいことはわかっていませんが大体中国南部から東南アジア、インドにかけての地域のどこかであろうと考えられています。
