その始まりは江戸時代にまでさかのぼるんだ。 サツマイモ栽培が盛んに行われるようになったのは江戸時代のことで、当時、「川越イモ」とは、武蔵野台地の川越藩とそこに隣接する他領の村々で生産されるサツマイモのことを指したんだ。 現在で言うと、川越市の他、所沢市、狭山市、新座市、三芳町にあたる大きな地区なんだよ。 3 янв. 2015 г.
川越 いつからある?
ところで、川越城の起源は室町期の長禄元年(1457)まで遡る。 武将・扇谷上杉持朝が古河公方・足利成氏に対抗するため、太田道真・道灌父子に命じ築城させたのが始まりだ。
川越 芋 どこ産?
本場「川越いも」とは 川越地方でとれるさつまいもを「川越いも(川越芋)」といい、その産地は、埼玉県川越市の南に広がる畑作地帯の武蔵野台地です。 つまり、川越市の福原・大東・高階地区、ふじみ野市、三芳町、所沢市、狭山市、新座市などの、関東ローム層が堆積している台地で収穫されるさつまいものことです。
関東 さつまいも なぜ?
その後1,833年に江戸時代を襲った天保の飢饉の際に、江戸幕府8代将軍の徳川吉宗は救荒作物として西日本で普及していたさつまいもを関東で栽培することを命じました。 その命に従ってさつまいもを日本全国に普及していったのが、蘭学者「青木昆陽(あおきこんよう)」です。
青木昆陽 さつまいも なぜ?
青木昆陽は享保の大飢饉に際して将軍徳川吉宗によって登用された人物で、著作『蕃藷考』(1735)の中で飢饉のときの代用作物として栽培を奨励し、その結果サツマイモの栽培が急速に全国に広まりました。 昆陽の施策によって、後に起こった天明の飢饉では多くの人が命を救われたと言われています。
