サツマイモの普及に努め、栽培奨励を幕府の政策に乗せたのが甘藷(かんしょ)先生として有名な青木昆陽(1698から1769)である。 1 окт. 2013 г.
さつまいもの栽培が全国に広がったのは誰の時代?
琉球へは福建から1605年に入って栽培され始め、1609年以降薩摩の領有支配に伴って薩摩へと伝わり、主に九州地方で栽培されるようになりました。 そして江戸時代初~中期のたび重なる飢饉によって救荒作物として注目され、西南暖地を中心に全国に広く普及していきました。
さつまいも 飢饉 誰?
あおき‐こんよう〔あをきコンヤウ〕【青木昆陽】 [1698〜1769]江戸中期の蘭学者。 江戸の人。 初め 伊藤東涯 いとうとうがい に師事。 甘藷 かんしょ (サツマイモ)を救荒作物として普及に尽力し、甘藷先生とよばれた。
さつまいも 普及 いつから?
青木昆陽は享保の大飢饉に際して将軍徳川吉宗によって登用された人物で、著作『蕃藷考』(1735)の中で飢饉のときの代用作物として栽培を奨励し、その結果サツマイモの栽培が急速に全国に広まりました。 昆陽の施策によって、後に起こった天明の飢饉では多くの人が命を救われたと言われています。
さつまいも 何の仲間?
サツマイモは、甘藷(かんしょ・和名)、唐芋(からいも・鹿児島)、琉球芋(りゅうきゅういも・九州の一部)、スイートポテト(英名)など様々な名前で呼ばれていて、学名:Ipomoea batatas(イポメア・バタタス)というヒルガオ科サツマイモ属の植物なんだ。
さつまいも何グループ?
「さつまいも」などのいも 類は、どれもでんぷんが多く、エネルギーのもとになるため「6つの基礎食品群」では、 米やパンと同じ炭水化物の多いグループの第 5 群に分類されます。
