年代からというと、菜畑遺跡は今から約2700年ほど前のもので板付遺跡の水田を含む層(晩期終末)よりも、およそ100年以上さかのぼります。 このこ とは、日本における水田稲作の開始が、従来考えられていた時期よりも、さらに200~400年も前だったことを意味します。
菜畑遺跡の特徴は?
佐賀県唐津市菜畑にある集落跡。 標高10m前後の平野に面した緩やかな丘陵の先端部に立地する。 日本最古とみられる稲作遺跡をともなう集落跡で、遺構は16層からなり、水田の遺構が確認されたのは縄文時代晩期後半の12層。 それより上層にも弥生時代中期までの水田遺構が検出された。
縄文時代 菜畑遺跡 どこ?
菜畑遺跡(なばたけいせき)は、現在日本最古の水稲耕作遺跡である。 佐賀県唐津市の西南部、JR唐津駅から西に2キロメートルほどのところにあり、国の史跡に指定されている。 従来の縄文時代の水田跡が発見されている。
稲作伝来 何年前?
日本の稲作は紀元前3世紀に始まります。 中国・揚子江(ようすこう)の流域で発達した技術が、農具とともに伝えられたのです。
板付遺跡は何年前?
世界大百科事典 第2版「板付遺跡」の解説 1916年に弥生時代中期初頭甕棺墓数基から,細形銅剣,銅矛各3本が出土して,初めてこの遺跡が紹介され,51年の試掘以後,日本考古学協会の4次にわたる発掘調査により,日本最古の弥生時代遺跡として有名になった。
