太平洋戦争が終結し、日本が復興に向けて歩み始めた昭和23年、仙台牛タン焼きの歴史が始まりました。 仙台牛タンの生みの親「太助」の初代店主 佐野 啓四郎氏(故)が、洋食料理の中で使われていた素材「牛タン」の旨さのとりこになり、試行錯誤を重ねた末「牛タン焼き」が誕生しました。
なぜ仙台は牛タンが有名?
概要 第二次世界大戦後、仙台にもGHQが進駐した。 その際、大量に牛肉を消費する駐留米軍が残したタンとテールを有効に活用するために、1948年(昭和23年)、仙台の焼き鳥店「太助」初代店主・佐野啓四郎が、その料理人人生から得た知識・技術を用い、牛タン焼きの専門店を開業したことが「仙台牛タン」の始まりである。
牛タン いつから?
牛タン焼きの誕生は昭和20年代。 時はまさに終戦直後の混乱期、仙台市内は、失業者であふれ、慢性的な食糧難に加えて、酔っぱらいや喧嘩が多く、火事などが多発した物騒な時代でした。 町のあちこちで戦争未亡人が飲食店を開いていました。 中でも手軽に開業できる焼き鳥屋は大人気で、仙台市内では多く焼き鳥屋が営業しておりました。
利久の歴史は?
利久は1988年2月に創業し、ここ「泉本店」を開業した。 1990年にはたんや利久有限会社を設立、2006年には株式会社利久へと商号変更している。 2017年3月現在、全国に57店舗を展開する一大牛タン専門チェーン店である。 ここ泉本店は2012年に泉分店と統合して、リニューアルオープンした店舗だ。
仙台牛タンの秘密は?
仙台牛たん焼きの主な原料の産地はアメリカ産とオーストラリア産です。 牛の育て方によっても味が変わってしまうため、お店ごとにパッカー業者を細かく選別しています。 仕込みは牛タンを分厚くスライスした後に、じっくりと数日間かけて熟成させます。 この熟成の期間を経て、仙台の牛タン独特の旨みが閉じ込められ風味が生まれます。
