坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)は、今から1200年ほど前の平安時代初期の武将で、征夷大将軍として蝦夷【えみし】(現在の東北地方)を討伐した人物です。 奈良から平安時代にかけて、朝廷は、敵対(あるいは反抗)する蝦夷に対して度々東征していました。
蝦夷平定 誰?
「坂上田村麻呂」(さかのうえのたむらまろ)は、平安時代に活躍した武将。 桓武天皇より征夷大将軍に任命され、大和朝廷が異民族と見なしていた東北地方に住む「蝦夷」(えぞ)を平定した人物です。
蝦夷とは誰か?
北陸・関東北部から東北地方にかけて住み,朝廷に服従していなかった人々のことです。 蝦夷(えみし)は,大和(やまと)政権の時代から,東北地方で大きな勢力を持っていたといわれています。 言葉や風習も違って,朝廷から異民族と見られていたようです。
朝廷はなぜ蝦夷を攻撃したのか?
「中華思想」を導入していた朝廷は、東北地方に住む野蛮な異民族とされた蝦夷を天皇の徳を以て教化させるべきであるという考えのもと、大化の改新の直後から蝦夷の征討事業に着手したのでした。
7世紀 蝦夷征討 誰?
7世紀の半ば、朝廷は日本海側に渟足柵(ぬたりのさく)、磐舟柵(いわふねのさく)を設置すると、658年には阿倍比羅夫(あべのひらふ)を派遣して、秋田・津軽地方まで遠征させ、北方の蝦夷と関係を結んだ。
