蝦夷錦とは、もともとは中国の江南地方で作られた絹織物で、北京からアムール川(黒竜江)を下り、間宮海峡を渡ってサハリン(樺太)に至り、南下して現在の北海道にもたらされたと言われています。 江戸時代中期に描かれた蠣崎波響筆の『夷酋列像』には色鮮やかに蝦夷錦が描かれています。
蝦夷地とはどこ?
現在の北海道を中心に,樺太 (からふと) ・千島を含む地の総称蝦夷 (えぞ) の土地の意。 古代には,東北地方をも含めていたが,江戸時代には,主として松前地方を除く北海道をさすようになった。
松前藩から何を取り上げた?
18世紀半ばには、ロシア人が千島列島を南下してアイヌと接触し、日本との通交を求めた。 松前藩はロシア人の存在を秘密にしたものの、ロシアの南下を知った幕府は、天明5年(1785年)から調査の人員をしばしば派遣し、寛政11年(1799年)に藩主・松前章広から蝦夷地の大半を取り上げた。
シャクシャイン どこの人?
シャクシャインは、シベチャリ(現在の新ひだか町)以南の日高地方及びそれ以東の集団であるメナシクルの惣乙名であった。 メナシクルは、現在の新冠町から白老町方面にかけての集団であるシュムクルとシベチャリ川(静内川)流域の領分を巡って遅くとも1648年から対立していた。
山丹服の読み方は?
晴れ着として、中国産の絹織物で山丹服(さんたんふく)とか蝦夷錦(えぞにしき)と呼ばれる衣服もあった。 近世において、和人は北海道の中でも比較的温暖な松前地に住んでいたので、和服に綿入れや刺し子の手法を多用し、アイヌのアットゥシや、クマやシカの毛皮を外套(がいとう)に利用した。
