アイヌへの容赦ない収奪とその反抗に苦しむ 「蝦夷地」(えぞち)と呼ばれた、現在の北海道の一部を所領して成立した「松前藩」(まつまえはん)は、「蠣崎慶広」(かきざきよしひろ)がときの権力者であった豊臣秀吉、徳川家康から、蝦夷地における交易の独占権を認められたことにより、始まりました。
松前藩 何した?
旺文社日本史事典 三訂版「松前藩」の解説 徳川家康から蝦夷地での交易権を得,福山(松前)に居城し松前氏を称した。 産米がないため石高はなかった(のち5万石格)が,アイヌの漁獲物を交易して利益を得た。 江戸後期と幕末に,ロシア対策と箱館開港などから2度天領となったため,陸奥(福島県)梁川 (やながわ) などに移封された。
松前藩 どこと?
松前藩(まつまえはん)は、松前島(夷島)松前(渡島国津軽郡を経て現在の北海道松前郡松前町)に居所を置いた藩である。 藩主は江戸時代を通じて松前氏であった。 後に城主となり同所に松前福山城を築く。 居城の名から福山藩とも呼ばれる。
松前藩 貿易 どこ?
米のかわりに松前藩の収入源となったのがアイヌとの交易です。 1593年に豊臣秀吉から船役(交易船から税を取る権利)を、1604年に徳川家康からアイヌ交易の独占権を認められました。 江戸時代の初め、松前藩の支配領域は松前周辺から渡島半島にかけての地域に限られていました。
松前藩の交易は?
1604年に江戸幕府・徳川家康は黒印状を松前藩に与えて、蝦夷地での交易独占を許可しました。 本州の藩とは異なり、米を得ることができなかったので、アイヌとの交易が専らの収入源でした。 これにより蝦夷地独特の「商場知行制」「場所請負制」が広まることになりました。
