2 日本では . 縄文(じょうもん)時代後期に、朝鮮(ちょうせん)半島か中国の揚子江(ようすこう)あたりから、ジャポニカが北九州に伝わりました。およそ2,000年前の弥生 .
米はいつ日本に伝わったのか?
日本に稲作が伝わったのは縄文時代の終期です。 福岡市の板付遺跡(約2400年前)青森県田舎館遺跡(約2000年前)からは水田の跡が発見されています。
弥生時代 米 どこから伝わった?
弥生時代の中ごろから奈良時代にかけての遺跡で、弥生時代の終わ りごろ(約1,800年前)の竪穴住居跡から米が見つかっています。 水田で米を作る技術が朝鮮半島から日本に伝わったのは縄文時代の終わりごろのことで、福岡県 や佐賀県の海沿いで最初に米を作るようになりました。
稲作 どうやって伝わった?
稲作の日本への伝来と伝播には、インド・アッサムや、中国・雲南の山岳地帯で始まった稲作が ・長江に沿って東へ進み、やがて朝鮮半島を経て西日本に上陸した。 ・長江下流から北九州の対馬を越えて直接海を渡ってきた。 ・台湾を経由し島伝いに来た。
昔の人はどうやってお米を食べていた?
昔の人は旅行時や戦争時など、どうしても調理器具を持って行くことができない時に、蒸して乾燥させた米を持って行きました。 あとは水に浸してふくらませれば、食べることができました。 平安時代には「強飯」に代わって、おかゆが米の調理法の主流となりました。
