縄文人は、 竪穴住居 たてあなじゅうきょ と呼ばれる家に住んでいました。 竪穴住居とは、地面に深さ50cmくらいの円形の大きな穴を掘り、5本から7本の柱を立て、その上に屋根をつくった住居です。 北代遺跡では、屋根の上に土を葺いた土屋根住居と考えられます。
竪穴住居 どこ?
竪穴住居たてあなじゅうきょ 主として新石器時代,ヨーロッパ,アジア,アメリカの各地で行われた。 日本では,縄文時代早期から古墳時代までは普遍的に使われ,一部では近世にいたるまで続いている。 中国では,仰韶文化,竜山文化,殷,西周にその存在が知られる。
縄文時代はどんな暮らし?
縄文(じょうもん)時代は今よりも気候があたたかく、クリやクルミなどの実がなる木がたくさん育ち、豊かな森が広がっていました。 人々は、森のめぐみである木の実や山菜、キノコなどの植物をとって食べていました。 また、森にいるシカやイノシシ、ノウサギなどの動物をつかまえるため、狩(か)りをしていました。
竪穴住居 どうやって?
住居の構造は、柱の頂部を梁(はり)でつなぎ、放射状に垂木をかけ樹皮で覆い、その上に土葺きや茅葺きの屋根をかけるだけ。 柱をたてるときは、地面に深さ50cmほどの穴を掘りますが、穴の深さは一定ではないと小松さんはいいます。 遺跡調査で柱がたっていた穴を掘り返してみると、穴の深さはまちまちなんです。
竪穴住居 竪穴式住居 どっち?
かつての「竪穴『式』住居」は、現在の教科書では、「式」のない「竪穴住居」という表記が一般的になっています。 その他、「縄文土器」「弥生土器」「高床倉庫」などの用語も、「式」を省く表記となっています。
