明治15(1882)年2月、開拓使が廃止となり、札幌・函館・根室の三県が置かれます。 翌年には農商務省の北海道事業管理局が置かれ、北海道の行政を担いました。
開拓使 何年?
開拓使(かいたくし)は、北方開拓のために明治2年(1869年)7月8日から明治15年(1882年)2月8日まで置かれた日本の官庁である。 樺太開拓使が置かれた明治3年(1870年)2月13日から明治4年(1871年)8月7日までは、北海道開拓使と称した。
開拓使 なんのため?
明治に始まる開拓使の設置は、北海道を維新後の国力増強に活用し、士族に授産することを目的として、札幌の開発、道路・港湾・鉄道の整備、鉱山開発、官営工場の建設、札幌農学校の設置などを進め、集団移住者と屯田兵による開拓を推進します。
開拓使払い下げ事件 いつ?
1881(明治14)年,開拓使官有物の払下げをめぐり藩閥と政商の結託が非難された政治事件政府が1872年以来1500万円を投じて北海道で経営してきた事業を,開拓使長官黒田清隆は同じ薩摩藩出身の五代友厚らの関西貿易商会に約39万円無利息30年賦で払い下げることを決めた。
開拓使官有物払下げ事件 何月?
開拓使は潤沢な予算を用いて様々な開拓事業を推進したが、なおも全てを完遂するには不足であり、測量・道路などの基礎的事業を早々に切り上げ、産業育成に重点をおいた。 明治13年(1880年)11月に大隈重信の主導により、工場などの官有物の払下げ方針をすすめる「工場払下概則」が制定された。
