『日本後紀』には、嵯峨天皇が812年3月28日(弘仁3年2月12日)に神泉苑にて「花宴の節(せち)」を催したとある。 時期的に花はサクラが主役であったと思われ、これが記録に残る花見の初出と考えられている。
宴会形式のお花見を始めたのは誰?
武将・豊臣秀吉のお花見から生まれた宴会スタイル そのきっかけとなった人物が武将・豊臣秀吉です。 派手好きとして知られる秀吉は700本の桜を醍醐山に植え、1,300人もの客を招待して「醍醐の花見」を開いたとされます。
お花見の始まりはいつ?
お花見は、奈良時代の貴族が始めた行事と言われており、当初は中国から伝来した梅の花を観賞するものだったようです。 平安時代に入り、お花見の花が梅から桜へと移り変わっていきました。 桜の花でのお花見の起源は、「日本後紀」によると、嵯峨天皇が催した「花宴の節」という宴であると記されています。
花見 なぜ始まった?
貴族たちは桜を鑑賞して楽しむ目的で花見をおこなっていましたが、農民はまたことなる目的で花見をしていたといわれています。 春の到来は農民にとって田畑を育てる始まりの季節であり、春の訪れを告げる花が咲くと、厄を祓(はら)う宗教的意味とともに花が愛でられていたのです。
お花見 団子 なぜ?
花見の時に団子を食べる様になったのは、豊臣秀吉が大茶会を春に開いた時に日本中の甘味を集めて披露したことが由来とされています。 花見をしながらお菓子を楽しむという風習が江戸の庶民にも受け入れやすく、日本中に浸透しました。
