21 июн. 2019 г. · これが明治維新後にも影響して、横浜を県庁所在地としても「神奈川県」と命名されたのです。 いうなれば「県庁所在地所属 広域地名」由来の県名といった .都道府県とは · 由来と命名パターン · 庁舎所在都市が属する郡名に由来
都道府県の名前は誰が決めた?
当時、蝦夷(えぞ)にと呼ばれていた北海道に開拓使として入植した官僚で探検家・松浦武四郎が、蝦夷は音読みにすると「カイ」と読めることと、五畿七道の東海道・南海道・西海道をヒントに「北加伊道」と命名する案を発表。 それを政府が五畿七道の表記に倣い「北海道」として採用したものです。
都道府県はどうやって決まった?
1871年の廃藩置県で全ての藩が政府直轄となり、300余りの県が誕生した。 その後、統廃合が繰り返され、現在の47都道府県に近い区分けが出来上がったのは1888年頃。
都道府県名 いつから?
1869年9月29日(明治2年8月24日)の太政官布告によって、京都府・東京府・大阪府以外は全て県と称することが決まり、前後して他の府(神奈川府・新潟府・越後府・甲斐府・度会府・奈良府・箱館府・長崎府)が県に名称変更した。
県名 なぜ?
「紀州」は「和歌山藩」、「加賀」は「金沢藩」といった具合です。 その藩がすべて県へと改められたのは2年後の1871年7月、いわゆる廃藩置県の時です。 この時は藩名がそのまま県名となったので、どこも例外なく藩名=県名でした。 この時、府県の数は305(3府302県、北海道と沖縄は廃藩置県の対象外)もあったそうです。
