前漢に始まり、清(しん)末まで存続した。 前漢の武帝(在位前141~前87)が西北辺境に設けた軍屯が最初で、後漢(ごかん)の初めには内郡にも軍屯が置かれた。 三国魏(ぎ)の曹操(そうそう)(155―220)は、財政確保を目的として各地に民屯を置き、郡県官とは別の典農(てんのう)官に管理させた。
屯田制 何年?
西暦年齢事績・主要事件193年39徐州を攻撃し、住民を虐殺。196年42献帝を許に迎える。屯田制施行。198年44呂布を滅ぼす。200年46「官渡の戦い」で袁紹を破る。
後漢 滅亡 いつ?
建国25年滅亡220年
中国 魏 いつ?
中国の王朝の1つで、220年から265年まで続きました。 三国時代の国の1つです。
屯田制 誰?
後漢末の騒乱のなか、華北を抑えた曹操が採用した、流民・兵士に田地を与えて耕作させ、生産物を地代としてとる土地政策。 三国時代の魏の国力の基盤となった。 後漢末の華北の群雄の一人として台頭した曹操が、196年、戦乱で荒廃した土地を収め、流民を募って集団で入植させ、耕作にあたらせた上で現物で租税を納めさせた。
