屯田兵(とんでんへい)は、明治時代に北海道の警備と開拓にあたった兵士とその部隊である。 1874年(明治7年)に制度が設けられ、翌年から実施、1904年(明治37年)に廃止された。
屯田兵制度 いつから?
屯田兵制度は、明治政府が北海道の開拓と北方警備を主な目的として、兵農両面を担う人員を北海道の各地に組織的・計画的に移住・配備していくことを内容とした制度で、黒田清隆の建議によって1873(明治6)年12月25日に制度実施が決まった。
札幌開拓何年?
年号(西暦)事項明治 2年(1869)明治政府が開拓史を置き、蝦夷地を北海道と改める明治15年(1882)開拓史を廃止し、函館・札幌・根室三県を置く明治19年(1886)三県を廃止し、北海道庁を置く明治20年代(1887-1896)府県から北海道への移民が増えはじめ、この後開拓が急速に進む
屯田兵 どこの人?
[編集] 屯田兵の原籍地 最多は、石川県の404戸2,301人で、これに福岡県(347戸)香川県(335戸)山形県(333戸)徳島県(329戸)が続いている。
開拓使 いつから?
開拓使(かいたくし)は、北方開拓のために明治2年(1869年)7月8日から明治15年(1882年)2月8日まで置かれた日本の官庁である。 樺太開拓使が置かれた明治3年(1870年)2月13日から明治4年(1871年)8月7日までは、北海道開拓使と称した。 開拓使設置前の北海道行政は箱館府(箱館県)が行なっていた。
