日本大百科全書(ニッポニカ)「屯田兵」の解説 明治期の北海道に配備された、同地の警備と開拓を目的とする土着兵。 平時は農耕に従事し、有事の際は軍隊を組織して参戦した。 対露問題を抱えた開拓地北海道には、明治初年若干の警備兵が函館(はこだて)に配置されているのみであった。
屯田兵 なぜ?
明治初期の北海道は、函館(はこだて)に若干の砲兵が配置されたほかは、軍隊の配置がありませんでした。 そこで、平時(戦争がない時)は農業に従事し、戦時には軍隊として活動できる人々を北海道に設置することが検討されます。 こうして、「農民でありながら軍人でもある」屯田兵が北海道に設置されることになったのです。
屯田兵 どこからきた?
太政官は黒田の提案に賛成し、1874年(明治7年)に屯田兵例則を定めた。 1875年(明治8年)5月、札幌郊外の琴似兵村への入地で、屯田が開始された。
屯田兵 どこの人?
『北海道屯田兵制度』によると、屯田兵の出身地は、神奈川、宮崎、沖縄の3県を除いて全国に広がっていた。 最多は、石川県の404戸2,301人で、これに福岡県(347戸)香川県(335戸)山形県(333戸)徳島県(329戸)が続いている。
開拓使って何?
1869( 明治 めいじ 2)年, 北海道 ほっかいどう を開発するためにおかれた役所。 北海道開拓使 ほっかいどうかいたくし ともいう。
