1604年に江戸幕府・徳川家康は黒印状を松前藩に与えて、蝦夷地での交易独占を許可しました。 本州の藩とは異なり、米を得ることができなかったので、アイヌとの交易が専らの収入源でした。 これにより蝦夷地独特の「商場知行制」「場所請負制」が広まることになりました。
シャクシャインの乱は、なぜおきた?
同じ民族間で反目がある一方、松前藩の独占という不利な交易条件によって追いつめられていったアイヌ。 そのような背景があった蝦夷地において、ついにシャクシャインの戦いが起きてしまいます。
松前藩 アイヌ 交易 いつ?
16世紀末、蠣崎氏は豊臣秀吉に認められ、蝦夷支配者 の安藤氏から自立し、続いて「松前氏」となりました。 1604年、江戸幕府の将軍・徳川家康が、松前氏に対し て「黒印状」を出し、アイヌ民族と和人の交易について 管理権をあたえます。 こうして松前藩が成立しました。
松前藩とはどこですか?
北海道、松前(現:北海道松前郡松前町)を本拠地として蝦夷地南部を領有した外様藩。 藩主は松前氏。 藩成立当初の蝦夷地では本格的な稲作が行われておらず、アイヌ交易、ニシン・サケ漁などの漁業権を米による知行の代わりとしたことが特徴。
1669(寛文9)年に,アイヌの首長が松前藩と戦闘におよんだが,この戦いを何というか?
このシャクシャインの戦いを経て、松前藩は蝦夷地における対アイヌ交易の絶対的主導権を握るに至った。 その後、松前藩は中立の立場をとり蜂起に参加しなかった地域集団をも含めたアイヌ民族に対し七ヵ条の起請文によって服従を誓わせた(『渋舎利蝦夷蜂起ニ付出陣書』)。 これにより松前藩のアイヌに対する経済的・政治的支配は強化された。
