出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。 シャクシャインの戦い(シャクシャインのたたかい)は、1669年6月にアイヌでシブチャリの首長シャクシャインを中心として起きた蜂起。 アイヌ2部族の抗争、報復の最中に松前藩に対する武器貸与要請の使者に関する誤報から、松前藩への大規模な蜂起に発展した。
シャクシャインの乱 なぜ?
同じ民族間で反目がある一方、松前藩の独占という不利な交易条件によって追いつめられていったアイヌ。 そのような背景があった蝦夷地において、ついにシャクシャインの戦いが起きてしまいます。
シャクシャインの乱 どこ?
1669年(寛文9)、東蝦夷地(ひがしえぞち)シブチャリ(北海道新ひだか町)に拠点をもつアイヌの首長シャクシャインが起こした蜂起(ほうき)。 この蜂起は東西蝦夷地の各地に波及し、鷹待(たかまち)(鷹匠)や商船の船頭など日本人390人余(『津軽一統志(つがるいっとうし)』)が殺された。
シャクシャインって何した人?
?-1669 17世紀中ごろのアイヌの指導者。 東蝦夷(えぞ)シブチャリ地域(北海道静内)の首長。 1669年和人中心の交易政策をすすめる松前藩に抗して蜂起(ほうき),2ヵ月におよぶ全アイヌ民族的な戦い(シャクシャインの戦い)に発展。
シャクシャインの戦い 何年前?
日本大百科全書(ニッポニカ)「シャクシャインの戦い」の解説 1669年(寛文9)、東蝦夷地(ひがしえぞち)シブチャリ(北海道新ひだか町)に拠点をもつアイヌの首長シャクシャイン(? ―1669)が起こした蜂起(ほうき)。
