1669年(寛文9)、東蝦夷地(ひがしえぞち)シブチャリ(北海道新ひだか町)に拠点をもつアイヌの首長シャクシャインが起こした蜂起(ほうき)。 この蜂起は東西蝦夷地の各地に波及し、鷹待(たかまち)(鷹匠)や商船の船頭など日本人390人余(『津軽一統志(つがるいっとうし)』)が殺された。
シャクシャインの乱 なぜ?
同じ民族間で反目がある一方、松前藩の独占という不利な交易条件によって追いつめられていったアイヌ。 そのような背景があった蝦夷地において、ついにシャクシャインの戦いが起きてしまいます。
シャクシャインの戦いの結果は?
デジタル大辞泉「シャクシャインの戦い」の解説 寛文9年(1669)松前氏の収奪に対して、アイヌの首長シャクシャインが全 蝦夷 えぞ 地のアイヌを糾合して起こした蜂起。 和議の席上シャクシャインは殺害され、アイヌ側の敗北に終わった。
シャクシャイン 何者?
?-1669 17世紀中ごろのアイヌの指導者。 東蝦夷(えぞ)シブチャリ地域(北海道静内)の首長。 1669年和人中心の交易政策をすすめる松前藩に抗して蜂起(ほうき),2ヵ月におよぶ全アイヌ民族的な戦い(シャクシャインの戦い)に発展。
シャクシャイン どこの人?
シャクシャインは、シベチャリ(現在の新ひだか町)以南の日高地方及びそれ以東の集団であるメナシクルの惣乙名であった。 メナシクルは、現在の新冠町から白老町方面にかけての集団であるシュムクルとシベチャリ川(静内川)流域の領分を巡って遅くとも1648年から対立していた。
