日本で米が主食になった理由は、稲が日本の気候によく合い、たくさんとれたからです。 大昔に、東南アジアで生まれた稲は、人がタネを持って移動し、世界各地でたくさんの種類が増えていったのです。 東南アジアのほか、インド、中国に文明が栄えたのは、こうした多くの種類の稲が、多数の人間の食生活をささえてくれたからです。
日本人の主食がお米になったのはいつ?
「小麦」「トウモロコシ」と並んで「世界三大穀物」とされている「米」。 その米の歴史は古く、日本では縄文時代後期から食べられ、弥生時代には稲作が本格的に始まったとされています。 弥生・奈良時代には既に、もち米、うるち米の2種が食べられていましたが、当時は今の食べ方と違い、米を水でドロドロに煮たものを食べるのが普通でした。
日本の主食は何?
現代日本では、多くの人が白米を主食としています。 中には玄米や分づき米を食べる人もいますが、主食としているのが米(イネ)を柔らかく調理したものであることは変わりません。
なぜお米を食べるようになったのか?
アジアで米が主食になったわけは、稲という植物がアジア(日本も入ります)の気候によく合い、たくさんの人を養うことができたからです。 世界中を見渡せばごはんの食べ方が様々あるように、日本においても米は昔からいろいろな食べ方をされてきたようです。
お米 どこからきた?
米=稲は本来日本列島には自生していない熱帯性植物です。 稲作の起源は、インドのアッサム地方から中国の雲南省にかけての山間との説が有力で、中国の長江(揚子江)中流の遺跡から約6500年前の水田跡や灌漑設備が発見されています。 日本に稲作が伝わったのは縄文時代の終期です。
