青木 昆陽 (あおき こんよう) 【蘭学者】 サツマイモの栽培に成功。 日本を飢餓から救った「芋神さま」。 江戸中期の蘭学者。
青木昆陽 さつまいも なぜ?
青木昆陽とサツマイモ 青木昆陽は享保の大飢饉に際して将軍徳川吉宗によって登用された人物で、著作『蕃藷考』(1735)の中で飢饉のときの代用作物として栽培を奨励し、その結果サツマイモの栽培が急速に全国に広まりました。 昆陽の施策によって、後に起こった天明の飢饉では多くの人が命を救われたと言われています。
青木昆陽 どこで生まれた?
青木昆陽は、江戸日本橋に生まれ、幼い頃からの学問好きであった。 享保4年(1719年)に京に上り、儒者伊藤東涯に学んだ。 昆陽が甘藷のことを知ったのは、この頃だったといわれている。 その後、江戸に帰った昆陽は私塾を開いていたが、町奉行大岡忠相に推挙され、以降、幕府に仕えた。
サツマイモの普及に務めた人は誰?
青木 昆陽(あおき こんよう、元禄11年5月12日〈1698年6月19日〉 - 明和6年10月12日〈1769年11月9日〉)は、江戸時代中期の、幕臣御家人、書物奉行、儒学者、蘭学者。 サツマイモの普及を図り、甘藷先生(かんしょせんせい)と呼ばれる。
青木昆陽 さつまいも どこ?
概要 京成千葉線の幕張駅のすぐ近くに、塀に囲まれた一角があり、「昆陽先生甘藷試作之地」と刻まれた記念碑が建っている。 ここが享保20年(1735)、青木昆陽によってサツマイモが試作されたことを記念して県史跡に指定している場所である。
