日本では 1600年ごろ、中国から日本にやってきました。 琉球(りゅうきゅう;今の沖縄県)から薩摩(さつま;今の鹿児島県)に伝わったので、サツマイモとよばれています。 中国から来たいも=からいもとか、中国での名前と同じく、かんしょ、ともよばれていたそうです。
なぜ、さつまいもという?
サツマイモが日本に伝わったのは400年ほど前のことで、琉球(今の沖縄)から薩摩(今の鹿児島)を経て九州地方へと拡がり、さらに江戸時代には救荒作物として全国に広がりました。 このように、薩摩、つまり今の鹿児島からきた「おいも」ということなので、サツマイモ(薩摩芋)と呼ばれているわけです。
なぜ大学芋と言うのか?
名前の由来はかなりストレートで、大正から昭和ごろ、「東京の学生街で売り出し、大学生が好んでよく食べたため」という理由だそうです。 また、この大学いもを好んだ大学生が通っていたのは、おそらく東大ではないか、と言われているようです。 ... 『三河屋』さんは1940年(昭和15年)まで東大赤門前で営業していたようです。
青木昆陽 さつまいも なぜ?
青木昆陽とサツマイモ 青木昆陽は享保の大飢饉に際して将軍徳川吉宗によって登用された人物で、著作『蕃藷考』(1735)の中で飢饉のときの代用作物として栽培を奨励し、その結果サツマイモの栽培が急速に全国に広まりました。 ... この功績によって青木昆陽は「甘藷先生」とも呼ばれています。
浅草 芋 なぜ?
なぜ浅草に芋スイーツのお店が多いのかというと、隅田川沿いで、サツマイモの産地・埼玉県川越から船で大量に運搬していたことに由来します。 芋問屋ができて大量のサツマイモが扱われるようになり、最盛期には約70軒の芋問屋があったそうです。 今でも日本で唯一の芋問屋である川小商店が残っています。
