19世紀後半に、朝鮮をめぐって清と勢力争いを行なっていました。 1884年(明治17年)に甲申政変(こうしんせいへん)がおきると、清の勢力が強まり、朝鮮国内は政治や経済が混乱しました。 19世紀末期に、朝鮮政府が清に出兵することを求め、日本は朝鮮に出兵し、1894年に日清戦争が始まりました。
日清戦争 なぜ朝鮮?
当時は中国が朝鮮の宗主国として強い力を持っていましたが、日本は朝鮮への影響力を強めて大陸進出の足掛かりにしたいと考えていました。 ここに朝鮮国内の親日派と親中国派の思惑が絡み、さらにイギリスなど国際情勢の動向もきっかけとなり、1894年8月宣戦を布告し、日清戦争がはじまりました。
日清戦争の目的は?
(1)朝鮮に対する宗主権の維持をはかる清国を朝鮮から排除して,朝鮮を保護下におこうとした日清間の武力紛争,(2)その目的を達成したのち日本が戦場を旅順,威海衛,澎湖島という東アジアの戦略要地にひろげたために生起した中国分割をめぐる列強との紛争,(3)朝鮮,中国東北,台湾など日本占領地域における民族的抵抗を抑圧するための ...
甲午農民戦争 日本出兵 なぜ?
1894年、朝鮮で東学の信徒を中心に減税を排日を要求する農民の反乱(甲午農民戦争、東学党の乱)が起こると清国は朝鮮政府の要請を受けて出兵するとともに、天津条約に従ってこれを日本に通知し、日本もこれに対抗して出兵した。
日清戦争の後日本が得たものは何?
1895年,清は降伏し,下関で講和会議を開いて下関条約を結びました。 これによって,清は朝鮮の独立をみとめ,遼東半島・台湾などを日本にゆずり,多額の賠償金(今の約3億1000万円)をしはらうことになりました。 また、日清戦争の結果,日本は国際的地位が向上し,大陸進出の足場を築きました。
