縄文時代の後半から弥生時代にかけて、中国から日本に稲作が伝わり、今もなお、お米が栽培され続けています。 日本人の主食にお米が選ばれた理由の一つは、稲の生育に適した日本の気候です。 夏は気温が高く、雨の多い日本の気候は、稲がよく育つ条件を備えています。
米はいつから主食になったのか?
米は縄文時代後期から栽培されはじめ、弥生時代には一部の地域で主食としての地位を築き奈良 時代には常食とされるようになっていました。 そのことを示す木簡(木片に墨で書かれた荷札や役所間の請求書)が都跡から出土しています。 玄米をついて精白 し、白米と書き「しらげのよね」と呼びました。
お米 どこからきた?
米=稲は本来日本列島には自生していない熱帯性植物です。 稲作の起源は、インドのアッサム地方から中国の雲南省にかけての山間との説が有力で、中国の長江(揚子江)中流の遺跡から約6500年前の水田跡や灌漑設備が発見されています。 日本に稲作が伝わったのは縄文時代の終期です。
なぜ 日本人は米を 大切にする のか?
日本は、その温暖湿潤な気候が米という作物に適し、その昔「瑞穂の国」と呼ばれました。 米は、日本においては栽培方法も比較的容易で、麦のように粉にする必要もなく、栄養価にも優れ、何より「おいしい」という食物にとって最も重要な要素をもっています。 また、加工用途も幅広く、御飯はもとより、餅、団子、味噌、酒など多岐に渡ります。
お米 なぜ小さい?
玄米を白米と米糠に分ける行程を精米と言いますが、精米は、玄米の表面を削る事なのです。 上白モードは、表面を削る度合いが最も高く、したがって、米粒がより小さくなるのです。
