明治41年、函館ドック専務取締役の川田龍吉男爵がイギリスやアメリカから様々な種いもを取り寄せて試験栽培を行ないました。 川田男爵はイギリス留学の経験があり、その時食べたじゃがいもを日本でも育ててみたいという思いがあったと言われています。 その中で北海道での栽培に一番適した品種がこの男爵いもでした。
男爵いも 男爵 誰?
川田 龍吉(かわだ りょうきち、安政3年3月14日(1856年4月18日) - 1951年(昭和26年)2月9日)は、日本の実業家。 男爵。
男爵いもの花は何色?
品種名来歴花の色男爵薯 [生食]明治41年頃亀田郡七重の農場主、川田男爵が導入淡赤紫 先白メークイン [生食]大正6~7年頃、府県から移入紫に 白絞り紅 丸 [でん粉]昭和4年北農試本場で交配白エニワ [でん粉]昭和27年北農試(島松)で交配白
ポテトは何語?
じゃがいもの語源・由来 じゃがいもは、「ジャガタライモ」の略。 ジャガタラとは、インドネシアの首都「ジャカルタ」のこと。 16世紀末頃、オランダ商船によりジャカルタから渡来したため「ジャガタライモ」と呼ばれ、「じゃがいも」となった。 日本へ伝来した当初は、観賞用とされていた。
じゃがいも 日本 いつから?
じゃがいも日本へ 日本へは慶長3年(1598年)にオランダ人が長崎に持ち込んだのが最初で、ジャワのジャガトラ港経由(現ジャカルタ)だったため、「ジャガタラ芋」と呼ばれ、それが「じゃがいも」の由来となったと言う説や、ジャガトラ港には由来せず、当時のジャワがジャガトラと呼ばれていたから等、諸説あるそうです。
