明治政府は、欧米諸国が東アジアに勢力をのばしていることに危機感を強めていました。 そこで、政府は「 富国強兵 」というスローガンを掲げ、 産業の発達と軍事力の強化 を目指しました。 軍事力や経済力に優れた欧米諸国に対抗するため、 経済を発展させて国を強くしよう と考えたのです。
富国強兵 何をしたか?
富国強兵ふこくきょうへい 徴兵令・地租改正・殖産興業政策により,資本主義を育成し国を富ませ,これを基礎として軍備を充実させ,欧米列強と対抗できる国力を育てようとした。 この政策は大陸進出への出発点ともなった。
富国強兵とはどういう意味?
【富国強兵】(ふこくきょうへい) 国家経済を発展させ、その資産で軍事力を増強させる事を目指す政治思想。 単に経済発展や軍備増強を目指すのではなく、それら二つは不可分であるという前提で政治を行う事を指す。 究極的には、「富国」と「強兵」は矛盾する。 大規模な戦争を想定して軍備を整えるためには莫大な予算が必要であるためだ。
殖産興業政策 なぜ?
1870年代から80年代にかけて、明治新政府により推進された資本主義の保護・育成策。 明治維新を契機に成立した明治国家は、その経済的基盤を固めるため、富国強兵、殖産興業を政策目標に掲げて、洋式機械制大工業の移植を中心とする資本制生産様式の採用に踏み切り、急速な資本主義化を促進することになった。
明治政府が欧米に負けない強い国を作るためにおこなった政策を何と言うか?
国を挙げて産業の発達をめざした政策を、「殖産(しょくさん)興業」といいます。 欧米(おうべい)に衝撃(しょうげき)を受けた大久保の富国強兵政策は、実を結びつつありました。
