?-1457 15世紀のアイヌの首長。 1456年(康正(こうしょう)2)におきた和人によるアイヌ少年殺害事件を契機に,翌年アイヌ民族をひきいて大規模な戦いをおこす。
コシャマイン なぜ?
コシャマインの戦いが起こった理由 アイヌの青年が 志苔 しのり 地方(今の函館市付近)で鍛冶屋をやっていた和人と口論になり、アイヌの青年が和人に殺されてしまったのです。 口論の原因は、マキリというアイヌ伝統の小刀でした。 あのー、鍛冶屋さん。
コシャマインの戦い 何時代?
室町中期に北海道渡島(おしま)半島を舞台にして起きたアイヌ民族の蜂起(ほうき)。
シャクシャイン どこの人?
シャクシャインは、シベチャリ(現在の新ひだか町)以南の日高地方及びそれ以東の集団であるメナシクルの惣乙名であった。 メナシクルは、現在の新冠町から白老町方面にかけての集団であるシュムクルとシベチャリ川(静内川)流域の領分を巡って遅くとも1648年から対立していた。
シャクシャインの戦いの別名は?
アイヌ2部族の抗争、報復の最中に松前藩に対する武器貸与要請の使者に関する誤報から、松前藩への大規模な蜂起に発展した。 日本の元号の「寛文」年間に発生したことから、寛文蝦夷蜂起とも呼ばれている。
