1.開拓使の設置から北海道庁へ 政府は明治2(1869)年7月、「開拓使」を設け、北海道の本格的な開拓に着手しました。 開拓使は、欧米の文化・技術を積極的に取り入れ、それをもとに農業、鉱工業などの新しい産業を興し、交通を整備し、開拓の基盤を固めるとともに、北方の警備に努めました。
開拓使 何した?
かいたく‐し【開拓使】 〘名〙 北海道ならびにその属島の開拓、警備、行政の事務を総轄した行政機関。 一時は樺太(サハリン)をも管轄した。 明治二年(一八六九)に創設され、同一五年に廃され、のち北海道庁となる。
北海道 開拓使 いつ?
明治新政府 は、1869(明治2)年7月に開拓使という役所を置き、8月に蝦夷地を北海道と改め、北海道 の開拓を本格的にはじめました。
開拓使 なぜ?
明治に始まる開拓使の設置は、北海道を維新後の国力増強に活用し、士族に授産することを目的として、札幌の開発、道路・港湾・鉄道の整備、鉱山開発、官営工場の建設、札幌農学校の設置などを進め、集団移住者と屯田兵による開拓を推進します。
開拓使の廃止 いつ?
開拓使が廃止された1882(明治15)年3月、開拓使麦酒醸造所は農商務省工務局の所管となり「札幌麦酒醸造所」と改称。 その後、1886年1月、醸造場は新設された北海道庁に移管されました。
