開拓使は潤沢な予算を用いて様々な開拓事業を推進したが、なおも全てを完遂するには不足であり、測量・道路などの基礎的事業を早々に切り上げ、産業育成に重点をおいた。 明治13年(1880年)11月に大隈重信の主導により、工場などの官有物の払下げ方針をすすめる「工場払下概則」が制定された。
開拓使官有物払下げ事件 いつ?
1881(明治14)年,開拓使官有物の払下げをめぐり藩閥と政商の結託が非難された政治事件政府が1872年以来1500万円を投じて北海道で経営してきた事業を,開拓使長官黒田清隆は同じ薩摩藩出身の五代友厚らの関西貿易商会に約39万円無利息30年賦で払い下げることを決めた。
開拓使長官 誰?
1869年7月に開拓使が設置されると元佐賀藩主鍋島直正が開拓長官に任じられた。
北海道開拓はいつから?
1867(慶応3)年、将軍徳川慶喜が政権を天皇に返し、江戸時代は終わりました。 明治新政府 は、1869(明治2)年7月に開拓使という役所を置き、8月に蝦夷地を北海道と改め、北海道 の開拓を本格的にはじめました。
開拓使って何?
1869( 明治 めいじ 2)年, 北海道 ほっかいどう を開発するためにおかれた役所。 北海道開拓使 ほっかいどうかいたくし ともいう。
