干しいもの発祥は静岡県御前崎市といわれており、1824年に栗林庄蔵が煮切干での製造に成功した。 1892年頃には静岡県の大庭林蔵と稲垣甚七が蒸切干の製法を実用化した。 その後、保存食として全国各地に広まった。 日露戦争で野戦食としても活用され、「軍人いも」と呼ばれた。
干し芋 発祥はどこ?
「干しいも」の発祥の地は静岡県で、遭難した薩摩(現・鹿児島県)の船を大澤権右衛門(おおさわごんえもん)が助けたことをきっかけに、静岡県にさつまいもがもたらされたのがきっかけだといわれる。
さつまいも 茨城 なぜ?
明治時代後期に、現在のひたちなか市の地域で始められたといわれる茨城県のほしいもづくりは、原料となるさつまいもの生育に適した土壌や、冬場に雨が少なく海風の吹く気候風土が乾燥の工程に向いていたことなどから、全国へ誇る特産品へと発展していきました。
干し芋 いつからある?
干し芋が誕生したのは、今から200年近くも前の1824年(文政7年)のこと。 江戸時代後期、静岡の海辺の村(現在の御前崎地域)で農家をしていた栗林庄蔵が、江戸の芋問屋で出会った“やわらかいサツマイモ”からひらめいて、煮切り干しを作ったのが始まりでした。
干し芋 茨城県 なぜ?
なぜ、茨城県に干しいもが根付いたのか。 県産地振興課などによると、干しいもづくりは1908(明治41)年ごろに始まった。 静岡県発祥だが、水はけの良い土壌で原料のサツマイモがよく育ち、晴天率の高さや強い海風などで天日干しにも適し、茨城県の海沿いで盛んになった。
