ロシアの南下政策の影響もあって、蝦夷地での接触が避けられないものとなり、日本とロシアの関係悪化が進みました。 そこで幕府は、寛政11(1799)年に松前藩が統治していた東蝦夷地を直轄地にして、幕府が外交上の問題に直接かかわれる体制をつくりました。
全蝦夷地の直轄化いつ?
江戸幕府は、外口から、今の北海道(蝦夷地)やサハリン(樺太)を護るため、文化4(1807)年3月、全蝦夷地直轄を決行しました。
松前奉行 いつ?
1度目に幕府が蝦夷地を直轄していた時期のうち、1807(文化4)年に役所を福山(松前)に移し、奉行を松前奉行と称してからの文書。
蝦夷地 いつから?
北海道は、かつて蝦夷地(えぞち)と呼ばれ、13世紀頃から本州の江戸時代にかけては先住民アイヌ民族独特の文化の時代が続いた。 明治2年(1869)、箱館戦争が終わると新政府は蝦夷地を北海道と改名し、開拓使を設置。
蝦夷地 支配 いつ?
ロシアによる脅威からの北方警備の為、幕府は1807年に全蝦夷地を直轄地とした。 1821年、松前藩に支配権を返還するが、1854年、日露和親条約が結ばれると、翌年幕府は再び蝦夷地を直轄化。
