中干しを終了する時期は出穂の一ヶ月前までです。稲が穂を作り始める時期(生. 殖生長期)の中干しは地表に生えている根(上根)を傷めること .
稲を作るには難しい技術が必要ですか?
稲を作るには難しい技術や知識が必要です。 なので、ただ稲が伝わってもすぐ日本で上手く作られたとは思えません。 おそらく稲とともにかなりの人が日本に来てその作り方を広めたと考えられます。 静岡県の登呂遺跡は弥生時代としては終わり頃のものですが、ここに水田の跡が残っています。
稲作りの道具はどのように作られていましたか?
また、ネズミが入らないように「ねずみ返し」という板のようなものが床柱にハメられていました。 こうして倉庫に蔵められた稲は必要に応じて杵と臼を使って脱穀しました。 杵を振り上げて脱穀をしているところが銅たくに描かれたています。 この頃の稲作りの道具は大抵、木で作られていました。 登呂遺跡や奈良県の唐古遺跡などからは木のくわなどをはじめ田下駄や田舟などが発見されています。
稲は、成長過程と収穫までの基本を知ることができますか?
稲は、植物の中でも比較的丈夫な植物です。 成長過程と収穫までの基本を知る体験として育てる場合、暖かく日光がよく当たって風通しのよい環境が整っていれば、病気にもなりにくく、芽出し、種まき、植え替え以外はあまり手間がかかりません。 以上の要点に気をつけていれば、たいてい米が実って収穫できます。 稲は、穂の元になる幼穂(ようすい)ができ始めると、それまで茎や葉の成長に使っていた栄養を、幼穂に送り始めます。 ほとんどの栄養を穂に送るため葉や茎には栄養が届けられなくなり、古い葉から枯れ始めます。
日本の稲は細かく分けられていますか?
今、日本で作られている稲は細かくわけると多くの種類がありますが大きく分けるとどれも日本型という仲間に入ります。 弥生時代に作られていたものも、ほとんどがこの日本型と言われる稲の仲間でした。 米粒がわりあい丸みを帯びた形をしていてインド型と呼ばれる細長い形をしたものとは違っています。 けれどもこの日本型の稲も日本が原産地ではなく、やはり外国から伝わってきたものです。 稲の原産地は細かいことはわかっていませんが大体中国南部から東南アジア、インドにかけての地域のどこかであろうと考えられています。
