5月5日にちまきを食べるようになったのは、今から2300年ほど前に中国にあった楚という国の詩人『屈原(くつげん)』の故事に由来するそうです。 屈原は国王の側近として活躍し、民衆に慕われていましたが、陰謀によって失脚し、5月5日に川へ身投げしたそうです。 悲しんだ人々は、毎年5月5日に川へ供物を投げ入れました。 25 апр. 2020 г.
ちまき和菓子 いつから?
室町時代から戦国時代、江戸初期の僧侶の日記や茶会記をひもとくと、粽(ちまき)やあん餅、小豆餅、あん入りよもぎ餅、焼餅、さめがい餅、ごぼう餅、油炒り米などが菓子として登場しています。 粽は平安時代からあり、米の粉を練りまこもの葉やあしの葉に包んで蒸すか、または、ゆでてつくります。
かしわ餅 いつ?
5月5日は国民の祝日「こどもの日」です。 こどもの日は男の子の節句とされている、端午の節句の日でもあります。 端午の節句には菖蒲湯に入り、関東では主に柏餅を、関西では主にちまきを食べる風習があります。
端午の節句 ちまき いつから?
ちまきは、中国から端午の節句と一緒に入ってきた食べ物だと考えられています。 端午の節句にちまきが食べられるようになったきっかけは、中国の故事にあるとされています。 楚の時代(?-紀元前223年)、人望の厚い屈原という詩人がいました。 屈原は陰謀に巻き込まれ、国を追われます。
なぜこどもの日にちまきを食べるのか?
一方ちまきは、端午の節句行事とともに中国から伝わったもの。 中国の故事からきており、難を避ける厄払いの力があるとされ、最初は、楝樹(れんじゅ)の葉でもち米を包んでいたそうです。 時代が下ると、茅(ちがや)の葉も使われるようになり、「ちがやまき」とも呼ばれ、それがだんだんと短縮され、ちまきと呼ばれるようになりました。
