菜種油の搾油は1570年頃の自由貿易盛んな頃から大坂築城の1583年頃の間に始まり急速に広まったと推測される。 その後、幕府の積極的な燈明油政策もあり、大蔵永常が文政から天保のはじめに掛け菜種栽培を幕府に献策した事も大きく、菜種油は全国的に広まり全盛期を迎える。
菜種 何時代?
日本では弥生時代以降から利用されたとみられる。 本来は菜、つまり葉物野菜として利用され、古事記では吉備の菘菜(あおな)、万葉集では佐野の茎立(くくたち)として登場し、花芽についても、延喜式に記されている。 江戸時代になって、植物油の採油目的として栽培され、その油は菜種油と呼ばれた。
油はいつからある?
植物油に関しては縄文時代晩期にアフリカ原産のゴマが日本に伝わり、日本書紀にハシバミから油を抽出したとの記述があり、3-4世紀ごろには植物油の利用は始まっていた。 奈良時代にはゴマの搾油技術が伝来しており、大化の改新(645年)の頃には荏胡麻(えごま)油が税として徴収されていた。
荏胡麻 何時代?
中世から鎌倉時代ごろまで、搾油用に広く栽培され、荏原など、地名に「荏」が付く場所の多くは栽培地であったことに由来する。
菜種油の起源は?
『菜種油のはじまりと搾り機の変遷』 それまでは山城国大山崎八幡宮の荏胡麻を搾る「長木(ながき)」が一般に使用されていましたが、遠里小野の若野氏某が考案した「檮押木(おしき)」により菜種が搾油され、明暦年間(1656年頃)には改良が加えられて、矢と称する楔(くさび)を打ち込む「立木(たちき)」が開発されました。
