近世まで先住のアイヌと少数の和人(わじん)を除けばほとんど未開拓の地であった北海道に、明治初期から大正期にかけて、政府や本州資本が巨額の財政投資を行い、本州から多数の移住民を送り込むとともに、主として内陸部の農林業を中心とする開発を強力に行った現象をさす。
北海道 開拓使 どこ?
そして、明治6年、政府は北方警備と開拓とを兼任させる屯田兵制を開始します。 北海道開拓使は明治15年に廃止され、函館県・札幌県・根室県の3県が設置。 しかし、この3県時代は開拓不審の時代であったといわれています。
開拓使って何?
1869( 明治 めいじ 2)年, 北海道 ほっかいどう を開発するためにおかれた役所。 北海道開拓使 ほっかいどうかいたくし ともいう。
屯田兵 何のために?
日本大百科全書(ニッポニカ)「屯田兵」の解説 明治期の北海道に配備された、同地の警備と開拓を目的とする土着兵。 平時は農耕に従事し、有事の際は軍隊を組織して参戦した。 対露問題を抱えた開拓地北海道には、明治初年若干の警備兵が函館(はこだて)に配置されているのみであった。
北海道は開拓されて何年?
年号(西暦)事項明治 2年(1869)明治政府が開拓史を置き、蝦夷地を北海道と改める明治15年(1882)開拓史を廃止し、函館・札幌・根室三県を置く明治19年(1886)三県を廃止し、北海道庁を置く明治20年代(1887-1896)府県から北海道への移民が増えはじめ、この後開拓が急速に進む
