しかし、797年(延暦16年)に田村麻呂が征夷大将軍に任じられると、801年(延暦20年)、ついに蝦夷征討に成功するのです。
蝦夷 何時代?
5世紀後半、中国の歴史書である『宋書夷蛮伝(そうじょいばんでん)・倭国(わこく)条』でエミシははじめ「毛人(もうじん)」と表記され、大和朝廷からみて東国(あずまのくに)に住む人々を指しました。
801年にだれが蝦夷地(えぞち)を平定(へいてい)しましたか。?
延暦20年(801年)には征夷大将軍坂上田村麻呂が遠征し勝利した。
7世紀 日本海側 蝦夷征討 誰?
7世紀の半ば、朝廷は日本海側に渟足柵(ぬたりのさく)、磐舟柵(いわふねのさく)を設置すると、658年には阿倍比羅夫(あべのひらふ)を派遣して、秋田・津軽地方まで遠征させ、北方の蝦夷と関係を結んだ。
俘囚いつから?
奈良時代から平安時代、当時の東北地方には、まだ朝廷の支配下に入っていない蝦夷(えぞ)と呼ばれる人々が多く残っており、独自の生活や文化を続けていました。 朝廷が東北進出を進める過程で捕虜となった蝦夷は「俘囚(ふしゅう)」と呼ばれ、関東地方にも数多くの俘囚が移住させられたといわれています。
