明治期、警備と開拓にあたった農民兵士の里 屯田兵は1875(明治8)年の札幌郡琴似村に始まり、開拓と軍備のため、1899(明治32)年の士別、剣淵まで道内各地に37の兵村が置かれた。 上湧別町には当時の区画の北兵村地区と南兵村地区が残る。
屯田兵に土地を与える期間はどれですか?
屯田兵に与えられる土地は従来の1.5倍となり、ほかに共同利用の公有地が用意された。 期間は現役3年、 予備役 4年、 後備役 13年の計20年、満40歳までに限られた。 兵村には、兵員から選挙で選ばれる兵村会が設けられた。 1890年9月6日、屯田兵土地給与規則が公布され、屯田兵として北海道に移住の者に土地1万5000坪を給与し、免税・譲渡制限などの保護をあたえた。
屯田兵は政府に雇われて行ったのですか?
屯田兵は政府に雇われて行っているので、支度のための資金や農具などの支給はあったものの、農地が内地よりもずっと野生の自然に近く、寒さの他にも害虫や獣害との闘いも一筋縄ではいきませんでした。 ヒグマによる被害もあり、 三毛別羆事件 なんか現在もよく知られていますね。 また、屯田兵は「兵」ですから、農業や開拓以外の仕事に軍事的なシゴトもありました。 西南戦争 のときにははるばる九州まで行って参戦し、増援のため予備兵まで作られるほどです。 予備兵のほうは、訓練が終わるまでに戦闘が終わりかけて戦闘はしなかったものの、その後、戦時と年一度の演習にだけ招集されることになったのでムダにはなりませんでした。 現在の自衛隊の予備役に近い感じでしょうか。
屯田兵にはどのような規則がありますか?
屯田兵には普段から厳しい生活規則があり、起床・就寝時間なども事細かく定められていました。 また、訓練や農作業の他にも道路を作る土木作業、憲兵として警備も行っていました。 明治時代に北海道にのみ存在していた屯田兵。
屯田兵以外が開拓に貢献していたのはいつですか?
屯田兵以外に北海道の開拓に貢献していたのは、民 間の入植者や監獄 (集治監)に収監されていた囚人たち です。 北海道の観光先の中には、明治開拓期の歴史を抱えている場所もあります。 観光旅行ついでに歴史に触れると、より旅行が楽しく深いものになるのでオススメです。
