縄文時代の貝塚などから推測すれば、日本人は古くから魚を食していたと考えられますが、港町や漁村が多く形成され始めたのは、国内海運・国際貿易が盛んになった室町時代の頃と考えられています。 江戸時代に入ると、漁業を職業として専業的に営む者が増え、また、漁村への定住化が進み、現在のような形の漁村が形成されていきました。
日本 水産業 盛ん なぜ?
日本は古くから、そして現在でも多くの魚介類を食べていることから、水産業が盛んに行なわれてきた。 がぶつかる三陸沖では潮目(潮境)ができているため、そこに豊富なプランクトンが集まり、その2つの海流に生息する魚が集まり、条件のよい漁場になっている。
北洋漁業 いつ?
北洋漁業ほくようぎょぎょう 日露戦争終了後の1907年(明治40)日露漁業協約が締結され、沿海州(現沿海地方)、カムチャツカ沿岸において邦人によるサケ・マス定置網を主としたいわゆる露領漁業が本格的に開始されたのが北洋漁業の始まりであった。
漁業権 いつから?
1909年(明治42年)、漁業法が全面改正される(明治漁業法)。 従来の慣習を基盤として漁業権制度、漁業許可制度、漁業取締制度が打ち出された。
遠洋漁業 いつから?
日本政府が、1895年(明治28年)の臘虎膃肭獣猟法(ラッコ・オットセイ猟法)、1897年(明治30年)3月に遠洋漁業奨励法を公布すると、日本の海獣猟業も急速に発達し、外国猟船の締め出しに成功した。 日露戦争期の1905年(明治38年)になると、遠洋漁業奨励法は改正されて奨励金の率が高められた。
