あおき‐こんよう〔あをきコンヤウ〕【青木昆陽】 [1698〜1769]江戸中期の蘭学者。 江戸の人。 初め 伊藤東涯 いとうとうがい に師事。 甘藷 かんしょ (サツマイモ)を救荒作物として普及に尽力し、甘藷先生とよばれた。
さつまいもの普及 誰?
サツマイモの普及に努め、栽培奨励を幕府の政策に乗せたのが甘藷(かんしょ)先生として有名な青木昆陽(1698から1769)である。
青木昆陽 さつまいも なぜ?
青木昆陽は享保の大飢饉に際して将軍徳川吉宗によって登用された人物で、著作『蕃藷考』(1735)の中で飢饉のときの代用作物として栽培を奨励し、その結果サツマイモの栽培が急速に全国に広まりました。 昆陽の施策によって、後に起こった天明の飢饉では多くの人が命を救われたと言われています。
青木昆陽 は何をした?
青木 昆陽 (あおき こんよう) 【蘭学者】 サツマイモの栽培に成功。 日本を飢餓から救った「芋神さま」。 江戸中期の蘭学者。
享保の飢饉 いつまで?
享保の飢饉きょうほうのききん 享保 17 (1732) 年西日本を襲った飢饉で,天明 (81~89) ,天保 (1830~44) の両飢饉とともに江戸時代の三大飢饉の一つに数えられる。
