縄文(じょうもん)時代は今よりも気候があたたかく、クリやクルミなどの実がなる木がたくさん育ち、豊かな森が広がっていました。 人々は、森のめぐみである木の実や山菜、キノコなどの植物をとって食べていました。 また、森にいるシカやイノシシ、ノウサギなどの動物をつかまえるため、狩(か)りをしていました。
縄文時代 どんなところに住んでいた?
縄文人は、 竪穴住居 たてあなじゅうきょ と呼ばれる家に住んでいました。 竪穴住居とは、地面に深さ50cmくらいの円形の大きな穴を掘り、5本から7本の柱を立て、その上に屋根をつくった住居です。 北代遺跡では、屋根の上に土を葺いた土屋根住居と考えられます。
縄文時代 何住居?
縄文時代の―般的な家は竪穴住居で、直径が3~4mの円形に地面が掘り窪められ、数本の主柱と棟持柱に垂木がわたされ、草木などで屋根が葺かれるという構造になっています。 家の中には石囲い炉が普通は1箇所設けられました。 住居の平均面積は20平米程度であり、4~5人ほどの家族が住まいしていました。
竪穴住居 どんな家?
竪穴住居はその名のとおり、穴を掘って、その底に床(ゆか)をつくり、柱を立てて屋根を葺(ふ)いた建物です。 写真は、高崎市の矢田遺跡で竪穴住居を復元したものです。 古墳時代(約1,500年前)の竪穴住居です。 群馬県では縄文時代から、奈良時代・平安時代にも、多くの人々は竪穴住居に住んでいました。
弥生時代はどんな暮らし?
弥生時代のくらし 弥生(やよい)時代の特色は、「米づくり」や金属器(きんぞくき)の使用が始まったことといえましょう。 人々は水田耕作に適した低地に集落を営むようになりました。 この時代には、自分で食べ物をつくりだすことができるようになって生活が安定し、いままでの原始的な集団が次第に統合されてきたと考えられます。
