旺文社日本史事典 三訂版「屯田兵」の解説 1873年,開拓使次官黒田清隆の提案により設置。 士族授産を兼ね,1904年廃止されるまでに約4万人を動員,37兵村を営み2万382町歩を開拓,新社会の建設に貢献した。 屯田兵 (とんでんへい)は、 明治 時代に 北海道 の 警備 と 開拓 にあたった 兵士 とその 部隊 である。 1874年 (明治7年)に制度が設けられ、翌年から実施、 1904年 (明治37年)に廃止された。
屯田兵 いつ?
屯田兵(とんでんへい)は、明治時代に北海道の警備と開拓にあたった兵士とその部隊である。 1874年(明治7年)に制度が設けられ、翌年から実施、1904年(明治37年)に廃止された。
屯田兵 どこからきた?
開拓使時代に屯田兵が入植したのは、1878(明治11)年に札幌の東方の江別兵村に僅かに10名、1881(明治14)年に江別兵村の分隊として石狩川対岸に当たる篠津兵村への20名の入植が実現しただけだった。 この屯田兵の出身地は東北地方の人々だった。
屯田兵 なぜ?
明治初期の北海道は、函館(はこだて)に若干の砲兵が配置されたほかは、軍隊の配置がありませんでした。 そこで、平時(戦争がない時)は農業に従事し、戦時には軍隊として活動できる人々を北海道に設置することが検討されます。 こうして、「農民でありながら軍人でもある」屯田兵が北海道に設置されることになったのです。
屯田兵 どこの人?
[編集] 屯田兵の原籍地 最多は、石川県の404戸2,301人で、これに福岡県(347戸)香川県(335戸)山形県(333戸)徳島県(329戸)が続いている。
