開拓使(かいたくし)は、北方開拓のために明治2年(1869年)7月8日から明治15年(1882年)2月8日まで置かれた日本の官庁である。
屯田兵 何のために?
屯田兵制度は、明治政府が北海道の開拓と北方警備を主な目的として、兵農両面を担う人員を北海道の各地に組織的・計画的に移住・配備していくことを内容とした制度で、黒田清隆の建議によって1873(明治6)年12月25日に制度実施が決まった。
開拓使 何をした?
かいたく‐し【開拓使】 〘名〙 北海道ならびにその属島の開拓、警備、行政の事務を総轄した行政機関。 一時は樺太(サハリン)をも管轄した。 明治二年(一八六九)に創設され、同一五年に廃され、のち北海道庁となる。
開拓使 何時代?
明治時代は、北海道本土をはじめ、北方四島と千島列島の開拓も、随分と進められた時代でした。 まず明治2年、(1869)に「開拓使」という役所を置き、それまでの「蝦夷地」を「北海道」に改名。
開拓使 どこ?
ひと昔前は北海道の本庁舎。 そのまた昔は、今はなくなった「北海道庁」という役所の本庁舎でした。 さらに昔には「開拓使」という役所がありました。 その開拓使の札幌本庁の本庁舎は、今の赤レンガ庁舎の北側にありました。
