7世紀のビザンツ帝国の皇帝。 軍管区制を始める。 7世紀のビザンツ帝国皇帝(在位610~641)。 東方のササン朝ペルシアと戦い、628年にはその首都クテシフォンを占領しササン朝を降服させ、シリア・エジプトなどを奪回した。
ビザンツ帝国の建国者は?
コンスタンティノープルを首都とする東ローマを息子のアルカディウスが、西のメディオラーノム(現ミラノ)を首都とする西ローマをもう一人の息子ホノリウスが分担統治を始めました。 ここで後にビザンツ帝国と呼ばれる東ローマ帝国が成立しました。
ビザンツ帝国の公用語は?
キリスト教の信仰は、8 〜 9 世紀の聖像破壊運動を経て、教 会の分裂をもたらした。 ビザンツ帝国は、ギリシア語を公用語(国際語)とし、古代ギリシア文化を引き継ぐ社会だっ た。
ビザンツ帝国の宗派は?
ビザンツ帝国は国教としてローマ帝国からキリスト教を継承したが、726年にレオン3世が聖像禁止令を出したことから、ローマ教会との間で対立が始まり、コンスタンティノープル教会を中心にして独自の発展をとげ、ギリシア正教会といわれるようになった。
ビザンツ帝国の由来は?
ローマ帝国の東西分裂 ビザンツという名称は帝国の首都コンスタンティノープルが古代ギリシャの時代にビザンチオンと呼ばれていたことに由来しています。 当時ビザンツ帝国の地域は西ローマ帝国に比べると文化的に先進地域であり、エジプトは豊かな穀倉地帯でした。
